絶望し喘ぐ40代の皆さんへ

河合先生の記事はいつも示唆に富んでいるし、愛があって良いが、それでも尚、この記事を読んで、40代の絶望は改善されないでしょうね、と思う。

あえぐ「役職なし氷河期世代」 やる気も健康も悪化、頭悩ます50代上司

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00221

ここから先、敢えて挑発的に書くが、50代以上にそんな(40代に気を配る)ことを考えている人は居ないし、なんなら50代半ばだって就職氷河期世代。彼ら彼女ら(50代上司)はどうにか這いつくばって勝ち残ってきた。大企業ならまだまだ上があるし、なんなら上は詰まっている。そもそも就職氷河期をつくったのだって彼ら彼女らじゃない。尻拭いさせられているのは50代だって同じことだ。無気力になる50代が出てくることは想像に難くないし、(40代は40代で)お前らなんとかしろよ、俺たち私たちだってそうやって生き抜いてここまできたんだ、お前らもそうしろよ、周りを見廻してみろよ、お前らのことまで構っている余裕なんてないよ、分かるだろ、と思う50代上司がいてもおかしくはないし、いるとしたらその気持ち、分からないでもない(本当にいるかどうかは私には知るよしもない)。

それより上の方々はどうイグジットするかしか考えていない(考えられない)し、会社によってはもう要らないから、お金ちょっと増やしてあげるから早く辞めてねーと暗に肩を叩かれる始末。

そう言われて「あ、そすか」と言えるような優秀な人はとっくの昔に会社のヤバさに気づいて独立するか、自分の能力を信じて経営側に行くとか、ジョブホップしてる。残った人は辞められない人ばかりだ。そんな(余裕のない)人たちに40代を気に掛けられる余裕があるだろうか?私の答えはNOだ。

そのような中、私は奇跡的にも素晴らしい50代の上司たちに巡り逢えたと今でも思っている。素敵な60代以降の方々を目にすることもできた。あの人たちの下でならいつまでも働きたいと思えたし、あの人たちの下で成長していきたいと願った。しかし、運命とは時として残酷であり、そう上手くいかないのもまた人生だ。あの人たちとはこれからもご縁を繋ぎたいと願うし、その人には50代をサバイブして、実りある60代以降を過ごしていただきたいと大変僭越ながらに思う。

さて、最後に、救いのないままで終わっては目覚めが悪いので、私たち40代に話を戻そう。肩書きを追うのを諦められたのならば、それはむしろ幸せなことだと私は思う。社会のものさし(宮野, 2025)の呪縛から逃れて、自分のものさし(同)を手に入れることができるチャンスだからだ。

私たちの世代にとってより重要なことは、そうした50代にならないことであり、もう一踏ん張り歯を食いしばって、次の世代にこの構造を再生産しない(引き継がない)ことではないだろうか?それは我々世代が背負った運命的なミッションだと私は思う。

上司に言われなくたっていい。

「教えよう」

教えること(もできずに私は学生さんたちと問いを共有して議論することしかできないが)は自らが学ぶことでもあるし、誰かの役に立つことは自己肯定感を高めてくれる。

そして教えるということは想像以上に難しい。ティーン〜20代前半の人たちと向き合ってみて強くそう思う。彼ら彼女らは鋭い。全人生・全人格を賭けて向き合わねば、簡単に見透かされてしまう。教えることを通じて、自らの半生を問い、自らの人生哲学を見直すキッカケになるだろう。そもそも、自らに教えたいことがなければ、「教えること」はできないのだ。それは小手先の知識だけではない、と思う。

さすれば、である、自ずと自らの50代以降の道が見えてくる、と私は思うのだ(私は最近見えてきました😊)。

もし、そんな、人に教えられるような何かを持つ余裕なんかなかったよ…とボヤきが脳裏に浮かび、口をついて出た人もいるだろう。

本当にお疲れ様でした。大変だったよね。
なんならまだまだまだまだ、大変そうだよね。

でも、ここまで生き抜いてこられたんです。何もないはずがない、と私は思うんです。その40数年間の生き様ー失われた30年と呼ばれ、冷遇されてきた30年間、ロスジェネなどと不名誉なラベルを貼られながらも私たちはどうにかこうにかここまで生き抜いてきたんです。本当はこのような社会であって欲しかった、あるべきだった、先輩や後輩たちにこうあって欲しいがあるはずなんです。もっと言うならば生き抜く中で「人間の芯」の部分に最も近づけたのは私たち40代ではないか、と思うのです。

生きる辛さを知る我々は、誰よりも優しく、誰かを想える世代のはずだから。そんな私たちだからこそ一番「優しく靭やかな社会」を創れるはずなんです。

悩める40代の皆さん、対話をしましょう。

あなたはひとりではない。

私はいつでも研究室の扉を開いてお待ちしています。

再生産に終止符を打ち、共に次世代により幸福の総量が多くなる新しい社会の仕組みを贈ろうではないか。

そう想いながら、私は今日も精一杯生きていきます。

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